2017/09/22
大学時代、4年間所属していた地域団体では、各自、自分のなりたい人間像を「日本一宣言」というカタチで一種の肩書きのようなものとして全員が決めていた。
もともと、「日本一宣言」自体はどこかの居酒屋のモノとして生まれたらしい。
それをこの団体の社会人の方が、自分の会社でも取り入れ、
その後、この団体においても、全員で決めるようになった。
一度決めたら、変えちゃいけないものでもなく、自分は新しい年度が始まるとき、変えたりしながら
「芯の強さ日本一」⇒「全力疾走日本一」⇒「誇りあふれる空間創造日本一」と変わっていった。
そのときの憧れの人や尊敬するポイントなどを整理し、その年のテーマ的な役割も担っていた。
そして、今振り返ると
このなりたい人間像を口に出すことで、その像に近づくためにあった日本一宣言は、その効果絶大であったと思う。
もともと抽象的な宣言なのかもしれないが、
意識するかしないかなのかもしれないが
あのときも自分を客観的に見て、その後も見る。
そうすると在れていたなと。
口にすること、宣言することの効果。
使う言葉と自分の未来の関係を改めて感じました。
「芯の強さ日本一」
それまで、尊敬した人って誰だろうと上げて、その共通点ってなんだ?
その視点から生まれたもの。
それまで尊敬した人は、自分の考えを持ち、その元に行動しており、言っていることとやっていることが一致している人たち。
そういう大人は意外に数少なく、そういう人間になりたいと思った。
「全力疾走日本一」
本気になることを考えていた時。
自分は、いつも要領よくこれまでこなしてこれていた。
しかし、一方で好きなことをがむしゃらにやる。そんな姿にも憧れていた。
頭でっかちにならずにとりあえずやる。
行動で語ることを目標にする意味で、高校時代の部訓から引用。
「誇りあふれる空間創造日本一」
幸せに感じるとき。
それはチームでビジョンを共有し、目標に向かって頑張っている時。
その状態。
自分自身も、チームのメンバーも、自らにチームに誇りを持っている状態。
そんな空間を創りだす人間。そういう影響を与えられる人間になること。
少しずつだけど、具体化していく抽象的な部分の今のカタチ。